”挙體空空(きょたいくうくう)にして所有(しょう)なし、狂児迷渇(きょうじめいかつ)して遂に帰ることを忘る。”
出典:遍照発揮性霊集

arukuka

陽炎は燃え盛ったように見えていてもその実体にたどり着くことはできません。人は時折惑わされ、実体のないものに向かって進み、帰り道を見失ってしまいます。
空想や虚栄に惑わされることなく、目的地をしっかりと見据えることが大切です。
そして、目標に達するまでの努力やその過程を重視し、目標に達することで、更に新たな目標ができ、素晴らしい人生を送ることができるのです。

夏の暑い日は、アスファルトの上に陽炎が現れます。
砂漠の上では蜃気楼に、飛び水。どれも実体がないにもかかわらず、人の目には実体があるものとして認識してしまいます。

実体があると認識するがゆえに、その実体を求めようとして進んだ先には何もない。

待っているのは、路頭に迷い込み、もときた道さえもわからなくなってしまいます。

自らが目標とするものを得るためには、

自分の現在位置はどこなのか、

何をしなければならないのか、

しっかりとした現状把握と段階を追ったスモールステップを踏むことが必要です。

一度、このサイクルを経験すれば、

新しい目標を立てたとしても、同じように進んでいけば、

必ず目標に到達することができます。

話はまったくとんでしまいますが、蜉蝣(かげろう)は成虫でいられる期間はたった一日。

その一日の間に子孫を残さなければなりません。

種を繋ぐため、そのたった一日に多くの蜉蝣が成虫となり、種を繋いでいると考えると、
それぞれの種に刻み込まれたDNAには、計り知れない大きな力を感じ得ません。

多くの人は、たった一日しか生きられないなんて儚い命だと感じるかもしれません。

しかし、幼虫の期間を含めると約1年ほどの命なので、多くの昆虫に比べるとそんなに短命ではないということになります。

どちらも、勝手な人間の思い込みです。
蜉蝣にしてみれば、私たち人間同様、あるがままの運命を受け入れているだけなのです。

受け入れる側がどう受け取るかによって、プラスにもマイナスにも成り得ます。

このことを受け入れて、進んでいかなければならないのです。