”但(た)だ恨むらくは高山深嶺(こうざんしんれい)に四禅(しぜん)の客乏しく幽薮藭厳(ゆうそうきゅうがん)に入定(にゅうじょう)の賓稀(ひんまれ)なり。”
出典:遍照発揮性霊集

daruma

仏道修行のための場所として「高野山」を求める際のお言葉。
弘法大師は「ただ一つ残念なのは、山深くこもって仏の道を納めようとするものが少なく、森や断崖絶壁に分け入る修行者もまれなことです」と嘆いておられました。
仏道修行とは、知識の集約だけでなく、自らの身体で体験し、得ることができるものです。
そのためには、まずそれらを実践できる環境を整えることが重要だと考えていたのです。

高野山は世界遺産に登録され、今や世界中から観光客が訪れる観光地となっていますが、当然の事ながら、仏道修行の場でもあります。

心から仏道を極めようとする修行者が少ないことに嘆いていた弘法大師は今の高野山をどのように思われているのでしょう?

自ら厳しい環境に身を置き、自ら体験することで、悟りを開くことができるという考え方は今の世も変わりはありません。

これは、何も仏道修行の世界の話だけではありません。

どんな道でもその道を極めようとすれば、そのための環境に身を置くことが最も重要なのです。

テレビを見ながら受験勉強はできませんよね。
受験生なら、静かな図書館や自習室で勉強します。

環境を整えることが、目的の場所に到達するための第一歩となるのです。

環境を整えることができたのならば、あとは、あなたがどれだけ強い意志をもって、集中して実践できるかが重要となるのです。