”法身(ほっしん)の三密(さんみつ)は繊芥(せんがい)に入れどもせばからず、大虚(たいこ)に互(わた)れども寛(ひろ)からず。”
出典:叶字義

kumo2

ありとあらゆる所に存在する仏は、その大小にかかわらず、等しく存在しています。
その仏の働きはすべて平等であり、すべてに対して救いの光を差し向けてくれているのです。
どんな環境にあったとしても、救われないことはないのです。

八百万(やおろず)の神」といわれるように、日本にはたくさんの神が存在します。

ほんの小さな塵から、大宇宙まで、様々な神々が存在し、等しく人間に恩恵を与えているのです。
いつでもどこでも、自分の態度一つで救いの手をさしのべてくれているのです。

ここで勘違いしてはいけないのは、自らのやるべきことをせずに助けだけを求めても、誰からも手をさしのべられることはありません。

自らの責任を果たしてこそ、救いの手がさしのべられるのです。
何事にも、自らの役割を見極め、その責任を果たさなければならないのです。

うまくいかない、思うようにいかないというのであれば、まずは、自分の現状を把握し、自分が何をやるべきなのか、自分に与えられた役割はなんなのかを考え、一つ一つ地道にこなしていくしかないのです。

何事にも近道はないのと一緒なのです。