”始めあり終わりあるは、これ世の常の理(ことわり)、生者必滅(しょうじゃひつめつ)はすなわち人の定まれる則(おきて)なり。”
出典:大日経開題

haseru

始めがあれば、終わりがあるのは、この世の理です。
形あるものは、いつかは壊れる時が来るのです。
私たちも一緒で、限りある生命を受け入れ、有限の中で、精一杯生きることが私たちに課せられた役割なのです。

この世に存在するすべてのものには、始まりがあります。
始まりがあるということは、常に終わりがあるということであり、いきものは、生まれながらにして、終わりに向かって生きているということのなのです。

そんな中で、終わりがあることを知った上で、生きているのは、人間だけです。

私たち人間だけは、自らが死へ向かって生きていることを知っています。
知っているからこそ、どのように生きればいいのか、何を残すのかを考えて生きることができるのです。

なぜ生きているのか?

この命題を考え、悩む人はたくさんいると思います。

人生には、楽しいことばかりではなく、ある意味、辛いことのほうが多いかもしれません。
そのような人生の中で、生きる意味を見出し、その答えを求めながら生きることが私たち人間に与えられた氏名なのかもしれません。

限りある生命の中で、絶望を感じながら生きるより、生きる意味、目標を前向に捉えて生を楽しんだほうがいいに決まっています。

限りある生命を楽しく生きることこそが、私たちに与えられた使命なのです。

この世に生を受けた限りは、生きた証を残して旅立ちたいものです。