”人の相知(あいし)ること、必ずしも対面して久しく語るに在らず。”
出典:「遍照発揮性霊集」巻第二

kantigai

実際に会って対話すれば誰とでも理解し合えるとは限らないのが現実です。
ただ、話すことが多くなれば分かり合える存在に近づきますが、少ない言葉でも分かり合える相手がいるのも事実です。
ひとつひとつの出会いを大切にしたいものです。

たくさんコミュニケーションを取って、自分のことをお互いに話し合えば、相手のことを理解し、分かり合える存在になります。

きちんと相手との対話を大切にして、相手を理解しようとしなければ、相手と分かり合うことはできません。

しかし、交わす言葉が少ないにもかかわらず、第六感というか、感覚で相手を理解することができることがあるのも事実です。

この時に、自分だけがわかったつもりになってはいけません。

感覚の部分で相手を理解したと感じられるだけであって、相手も同様に感じているとは限りません。

しっかりと、感覚で感じた部分についても相手との共通理解を持たないと、ひとりよがりの考えになってしまうのです。

以心伝心」という言葉がありますが、通信手段があまりなかった時代の言葉であって、通信技術が高度に発達したこの世の中においては、「言葉」で相手に伝えなければ、いつまでたってもわかったつもりでいるだけなのです。

相手が感じる情報と、自分が理解している情報が一致していることのほうがまれなのです。