”衆生(しゅうじょう)の心清浄(しょうじょう)なるときはすなわち仏を見、もし心不浄なるときはすなわち仏を見ず”
出典:弁顕密二教論

satori

心が清らかなときは仏を見ることができ、汚れた心では、曇って見えなくなってしまいます。
よこしまな考えや過去の栄光にこだわっていたのでは、目の前に有る美しいものに気づくことができません。
過去にとらわれず、心おだやかに過ごせば、ものごとの真実を見ることができるのです。

「よこしま」は、「」と書きます。
つまり、邪悪な心、気持ちを持つことで、ものごとの本質を見極めることができなくなってしまいます。

しかし、世の中は、邪な思いで溢れかえっています。

このことを意識していなければ、無意識の内にあなたの心は邪な思いにとらわれてしまうのです。

例えば、繁華街を見渡してみてください。

あなたの欲望がそそられる看板や誘いの声でいっぱいです。
一度、外の世界に出て行けばさまざまな誘惑があなたを待っているのです。

家の中にも誘惑がいっぱいです。
健康的な生活を送るのは、誰にとっても必要なことだと思っているにもかかわらず、インスタント食品や高カロリーのスナック菓子がストックされています。

現状に満足できない状態であれば、過去の栄光にすがりたくなります。
おじいさんやおじさんは、いつも「若い時はな〜」なんて話をしていませんか?

無意識に過ごしていれば、溢れかえっている世の中の「邪(よこしま)」な意識があなたの中に入ってくるんです。

周りのことを反面教師としながらも、自分にとって、邪となるものは意識の外へ遠ざけ、心が穏やかになることに意識を向けて生活してみてください。